2月5日(木曜):筆者にしては珍しく夜中に何度か目が覚めた。バイクの高地順応のことが気になっていたのかもしれない。朝6時の夜明けを待って、キャブレターのメインジェットとジェットニードルを一段階燃調薄めに変更した。パワーフィルターだけでは対応できないと感じていたからである。



目指すはウユニ塩湖、さあ行こうか。標高2800mのトゥピサの町を出る。快調に走る。徐々に標高が上がっていく。料金所を通過、バイクは無料である。すぐに大きな峠になる。


3速6000回転時速40キロから2速6000回転30時速キロとスピードが落ちてくるが、燃調を薄めにした効果があるのかそれほどパワーの落ち込みは感じない。
しかしながらこの山道は手強かった。白いのが見えたので花が咲き乱れているのかと思ったが、それは雪だった。まだまだ登りは続く。ついに1速にしないとバイクは登らなくなってきた。6000回転キープだ。それ以下だとトルクがなくなり止まりそうになる。もう完全フルスロットルだが、やばい回転数が落ちていく。
そして高地の登り坂に抗しきれなくなったCD125Tは止まってしまった。あたりは静かだ。すぐにセルを回しエンジンをかける。しかしふかしても回転は上がらず、すぐに止まろうとする。半クラッチで回転をキープし、両足も使ってなんとか登ろうとと試みる。その瞬間が訪れた。
あまりにも半クラッチを使いすぎたせいで、クラッチが焼き付いてしまった。白い煙と異臭、エンジンを回しても全く進まない。ギアが入らずバイクは壊れた。標高は4000mを越えていた。

結局キルギスでのパミール高原と同じ、いやさらに悪い結果になってしまった。125ccのパワーでは世界一周はきつかった。
とりあえず戻ろう。エンジンはかけず、惰性だけで今走ってきた道を下っていく。幸い登り返しはないので、すぐに料金所までたどり着いた。
「これで終わりだな」案外あっさりと諦めがついた。けっこう満足していたのかもしれない。ウラジオストクを出て220日目、29,490km、私のバイク旅は終わった。
料金所のひさしの下で、さあこれからどうしようと立ちすくんでいたら1人のライダーがウユニ方面からやってきた。エクアドル人だった。いつものように一通り挨拶を交わす。「バイクが壊れちゃってさー」と話していくうちに、エクアドルライダーもこちらに興味を持ち始めたようだ。
そうだこいつにガソリンをあげよう。感謝された。ここで筆者の踏ん切りはピークを越え、荷物を下ろしにかかる。そのうち地元のポリスが二人現れた。途切れ途切れの電波の中、翻訳アプリで事情を話す。



エクアドル君には、ガソリンの他、空気入れ・予備の新品チェーン・フォグランプ・その他小物類をあげた。そしてバイクはというと、若い地元ポリスが引き受けてくれた。スペアパーツもたっぷり残したので、復活させてほしいものだ。ナンバーは当然外したのでボリビアでは無登録車だ。でもなんとかなりそうな国である。


この後、ポリス君がトゥピサの町から呼んでくれたタクシーで、荷物と一緒に町まで戻りチェックアウトしてまだ数時間のホテルに再びチェックインをした。
さて、帰国します。パニアケース×2、でっかいバッグ、40リッターのザックと小さいカバンがあるため、観光しながらの帰国は無理。そのままボリビアの首都ラパスまで移動し、飛行機で帰ります。
ここまで当ブログを読んでいただき、ありがとうございます。
さしあたり日本到着まで、あと2,3記事はアップします。
本日の走行距離:最後になった30km

コメント
コメント一覧 (1件)
おつかれさまです。
まずは無事でよかったです。
なんだか読んでいるこちら側もスッキリしています。
ホント不思議。