ロシア(7):チタ〜ヒロク〜ウラン・ウデ

7月13日(日曜):チタに2日目。本日は休日、旅行と言えど時々休みが必要。毎日移動ばかりで疲れてしまっては、旅行が楽しくありませんので。

チタ市街中心部にあるホテルの周りを、2ブロックくらい散歩をしてみた。


大きな広場にはレーニンさんがいた。
少し歩くだけでかなり古い建物が残っていて面白い。
アイスクリームスタンドがあちこちにあって、割と買う人が多い。一つ買ってみた。150R、まあまあだった。


宿泊ホテル横のレストランで、ピザ・マルガリータとロシア・ビール、どちらも美味しい。午後の幸せのひとときである。


7月14日(月曜):これからロシアを旅する予定の多くの皆様に耳寄りな情報です。

「ゼンホテルズ」というホテル検索サイトを使えば、日本で発行された国際クレジットカードで、ロシア国内からでもロシアのホテルの予約・決済ができます。

先日会った韓国人ライダーさんに教えてもらった。私達外国人旅行者はロシアでは国際クレジットカードを利用できないので、旅の全てを現金で支払う必要がある。特に宿泊費は1日の予算で大きな比重を占める。これで現金の残りと日程とのやりくりに余裕が出た。ただし、ロードサイドのカフェ・ホテルは「ゼンホテルズ」で検索結果は出ないので利用できない。


さて、本日の宿泊で前代未聞の出来事が筆者の身に襲いかかった。まずは宿である。

チタ〜ウラン・ウデとの中間にある安宿「ウ・ゴンチャロビフ」。
狭い部屋にシングルベッド2つ。1泊1500R、安い。

夜中のことだった。扉を叩く音で起こされた。2時半だった。何事だろう、無視する訳にもいかずドアを開けた。食堂のおばさん(カフェ・ホテルは色々仕事を掛け持ちしている)と一人の男性がいた。もちろん言葉は分からないが、つまりこういう事だ。「空いているもう一つのベッドにこの人が寝る」、眠い頭でも「ふざけんな」という感情はあった。

抵抗は無駄だろう。もう出来上がっている話しなのだ。筆者の荷物を自分のベッドの上に載せると、明かりが消された。このまま再度熟睡に入るのは、さすがにセオリー的にもマズイ。横になったまま朝を待つしかあるまい。まんじりともしないまま半寝半起き状態で5時には荷物をまとめ部屋をでた。

ドミトリーではないのだから部屋に対して宿代を支払ったのだ。ベッドが二つあってもそれは「ツインベッドルームを一人で使用」のはずだ。普通はそうだ。過去全ての安宿でもそうだった。こんなケースは初めてである。

もしかしたらこの宿は「1部屋2ベッドでもドミトリーと同じ扱い」的なシステムを採用しているのかもしれない。ひょっとしたらロシア語でそういう説明があったのかもしれない。だとしても非常にイレギュラーだと言えよう。


本日の走行距離:324km


7月15日(火曜):というわけで、6時前には出発。眠いゾ。

シベリアを横断する日本人ライダーなら知っている人は多いと思うが、13年前に一人の若い日本人ライダーが強盗殺人に遭った。ヒロクという町の外れで、地元の酔った若者達にバイクを狙われ襲われたらしい。

後に続く者として、手を合わせたいとずっと思っていた。


座標通りの場所に「慰霊碑」はあった。静かに手を合わせたてきた。
左端の方の白い樹に「慰霊碑」は打ち付けてある。


この日走っているザバイカリエ地方は、やや山がちで峠のような地形もある。


今まで全然事故見なかったが、これが初。長い下り坂の最後のあたり。
ブリヤート共和国に入った。ここからイルクーツク時間帯、1時間遅くなる。
400m先の分岐を左は本線。モンゴル方面も左へ行き、その先でさらに分岐。筆者はウラン・ウデ市街に宿泊のため右へ。


ゼンホテルズで予約代済み。ホテル・フトロク。
朝食付き、41USドル。


本日の走行距離:348km


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