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1986年中国・パキスタン・インド・ネパールの旅(完):インドからネパールへ、そして旅の終わり

カジュラホは寺院のエロレリーフで有名で、確かにこりゃエロ遺産だわと感心する。
具体的にどんな感じか知りたい人は、検索してね。画像はたくさんネット上にあるよ。

ガンジス川
ダシャシュワメード・ガート

バラナシから陸路ネパールを目指す。スノウリ国境から12月16日ネパール入国。国境で1泊後、ポカラに移動。

ネパール紙幣
10日間ポカラ周辺に滞在し、トレッキングにも出かける。
トレッキング途中宿泊したホテルのテラスから、ヒマラヤ山系をスケッチしてみた。
スワヤンブナート
ダルバール広場


旅の終わりはいつも哀しい。特にこの旅は期限が無かったので、旅費の残高具合イコール帰国の頃合いで、旅を終わらせる引き際は自ら決めなくてはならなかった。もっとも、それほど多い旅費予算ではなかったので(準備費用合わせて50万位)、案外早くにゴールがやって来た印象でもあった。

カトマンズ市内の旅行代理店で、香港行きの航空券を買い、年明け1987年1月9日ネパールを出国。

香港へと飛ぶロイヤルネパール航空の機内からは、特徴的なエベレストが見えた。

人生初めての長旅を反芻しながら白いヒマラヤの山々をぼんやりと眺めていると、一区切りついた安堵感からか、なぜだかとてもいい気分になり、ビールの酔いも回ってきてそのまま眠りに落ちていった。

香港には4日間滞在し、成田往復の航空券を買い、1月14日帰国。

人生2回目の海外旅行が終わった。

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